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福岡地方裁判所 昭和33年(わ)20号 判決

被告人 菅野俊夫

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。

理由

(罪となる事実)

被告人は昭和三十一年八月頃妻秀子と結婚し、福島市上リ坂旅館万作こと井川モト方に間借り生活をしながら、砂利店の砂利取り人夫をし、昭和三十二年十月一日頃から肩書住居地において福島土木事務所の日雇トラツク運転助手として失業対策事業に従事稼働していた者であるが、昭和三十三年三月二日同市岡部村上徳治方に井戸堀の手伝いに行き、仕事が終つた午後六時頃から同人方で被告人ほか二名と焼酎を飲み午後七時四十分頃同人方を辞去して帰路についたが岡部橋を渡り終つて市街地に入つた頃被告人が前記旅館に間借り生活をしていた当時近所同志の関係で知り合い、秘かに好感を寄せていた同市岩谷七番地A(当時十九年)を思い出し同女の家に立寄つて家族から同女が同市桜木町八十一番地八子病院に入院していることを聞知してからは同女に一目逢いたいと思い、午後九時頃同病院に盲腸炎の手術後間もない同女を訪ねて面会したが、この際病み上りである同女の細帯締めの和服姿を認めて情欲を起し、何か口実を設けて同女を病院の外に連れ出そうと考え、同病院の廊下において同女に対し、あんたの姉さんが男と名古屋方面に駈け落ちする手筈を備えているが、出発する前に一目あんたに逢いたいと言つているので呼びに来た。姉さんはすぐそこの土堤の附近に来て待つている旨とつさの思いつきで嘘を言つて同女を同病院から約九百米の距離にある同市東浜町番外地内阿武隈川の河原に誘い出し、その附近を暫時同女の姉美智子を探す風を装ううち、人通りの全くない河原でのこととて同女に対する欲情がつのり、ここに同女を強いて姦淫しようと企て午後十時頃同所において背後からやにわに同女の頸に左手を巻きつけて砂原に仰向けに引き倒し、「助けて」と叫ぶ同女の頸を左手で扼しながらその胸部に乗りかかり、同女の脚を自らの脚で抑えつけ、お前を殺しておれも死ぬと申し向けるなどの暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧したうえ、同所附近において同女の下ばきを引き下ろし、その腹部に乗りかかつて同女を強いて姦淫し、よつて同女に対し処女膜裂傷等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示所為は、刑法第百八十一条、第百七十七条前段に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法第二十一条により未決勾留日数中百日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人に負担させないことにする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状況にあつたものであると主張しているのでこの点につき検討するに、鑑定人石橋俊実の鑑定書によれば同鑑定人は、被告人は本件犯行当時飲酒による酩酊状態にあつたが、その酩酊度は事理を弁別する能力に支障を来す程高度なものではないとし、その理由として被告人の遺伝歴、生活歴、現在の精神状態(知能、性格)および身体状態についての診断結果のほか犯行前における飲酒が被告人に与えた影響について、被告人が飲酒後被害者Aの入院している八子病院に至るまでは極めて断片的な記憶しか有しないが、同病院から同女を阿武隈河畔に誘導し、本件犯行におよんだ頃の記憶は明確であり、一つ一つの行動も衝動的盲目的というのではなく、それぞれ意味連続性、合目的性をもつて行われていたことからみて、被告人に事理の弁別能力を著しく減退させるほどのものではなかつたことを挙げている。

これに反し鑑定人丸井琢次郎の鑑定書および証人丸井琢次郎の当公廷における供述を綜合すれば、同鑑定人は被告人は本件犯行当時飲酒による酩酊により何らかの意識障害があり、その意識障害は酒精による尋常酩酊第三度に入つたか入らない程度であつて結局裁判上いわゆる心神耗弱の状況に相当する程度のものであるとし、その理由として被告人の遺伝歴、既往歴、生活歴、現在の精神状態および身体状態については石橋鑑定人の鑑定書記載とほぼ同様な診断をしたうえ、被告人の本件犯行当時の記憶状態については同鑑定人の鑑定と全く対しよ的に、被告人が犯行当時の行動を明確に追想できず、事後において相当程度の健忘に落ちていた事実を認めている。

右両鑑定の以上のような相違は、一に被告人の本件犯行当時における意識障害の程度を推定せしめる前提事実たる事後における被告人の記憶力ないし追想力に関する認定を異にした結果であり、従つてここでは右前提事実の認定についてより正鵠を得ている鑑定書の結論が採用に価するものといわなければならない。

そこで被告人の検察官ならびに司法警察員に対する各供述調書(司法警察員に対する昭和三十三年三月四日附供述調書第九項の記載を除く)によれば、被告人の本件犯行についての供述は理路が整然として詳密であり、従つて犯行についての追想は相当程度明確であつてその健忘の程度は飲酒直後から八子病院に至るまでの間を除いては極く軽度なものであると認められる。従つて、右事実を鑑定資料の一として推定された石橋鑑定人の前記鑑定書記載の結論は結局正しいものとして採用するのを相当とし、右事実と異なる事実を鑑定資料の一として推定された丸井鑑定人の前記鑑定書記載の結論は結局採用することはできない。従つて被告人は本件犯行当時事物の是非善悪を弁別する能力を著しく減退させていなかつたものと認めることができるから、弁護人の右主張は採用のかぎりでない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野保之 小林信次 逢坂修造)

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